寛政元年蘭徳斎画武者絵本の版下本

『大中記』翻刻

凡例

漢字は通用漢字に直した。句読点を施した。

仮名遣い、振り仮名は原文のままとした。

「ゟ」は「より」とした。

大中記序

射之為道也内志正外体直以礼進以礼退以礼然後持弓□(矢か)審固持弓矢審固然後可以言中矣若夫養由號猨紀昌貫蝨則其技之妙而為千載模範矣吾邦有若聖徳太子諸賢名于善射而皆正其志直其体

進退中礼其技之妙者云画工蘭徳斎者采其善射者三十有三人図其事実梓以布世傳曰射不怨勝己者及求諸巳而己矣是吾聖徳太子諸賢之所法而又所以超於養由紀昌之術者也今者世人観蘭徳氏之挙以知太子諸賢有斯技能有斯徳行則蘭徳氏亦可謂有裨益編国史者也巳是為序

寛政巳酉六月既望 鴻台阪玄真識

(印)原真之印 (印)字修甫

むかし元暦(げんりやく)文治の(らん)に、弓矢(ゆみや)にほまれをとりし中に、那須(なす)の与市むねたか(あふぎ)(まと)射落(ゐおと)せし事をたづぬるに、平家(へいけ)の方より舟一(さう)源氏のかたへ(こぎ)よせたり、(ふね)のへさきに(きん)の日の丸書たるあふきをはたさほの先へつけ、宮女(きうじよ)一人出て源氏の方をさしまねく、義経(よしつね)御らんじ御たづねあれば、御(まへ)に有ける後藤實基(ごとうさねもと)(これ)()よと申事也と申上る、則与市に仰ければ、宗高(むねたか)まで馬を波間(なみま)にのりいれ、(ゆみ)(つよ)く引んがため、わざと(かぶと)はきざりける、かのふねより三段計に馬をひかへ、中ざし取てうちつがひわするゝばかりに引しぼり切てはなつ、矢あやまたず、(かなめ)ぎわよりゐきりて、矢は海上はるか、扇はひらめきて浪間にぞおちたりける、てきもみかたも、アゝゐたりや〳〵と、かんじける

赤松(あかまつ)入道円心(ゑんしん)三千余騎(よき)にて京都を(せめ)ける、両六波羅(ろくはら)(せい)大軍なれば、円心(ゑんしん)打負(うちまけ)思ひ〳〵に落行(おちゆき)きける中より、一文字(うつ)てかかる(つわもの)四人、何れも七尺ゆたかの大の男、大音声(たいおんじやう)備中(びつちう)の国の住人(ぢうにん)速水(はやみ)又二郎同孫三郎田中(たなか)藤九郎同弥九郎と名のり、十(わう)むじんにかけたりける、是に恐れて引退く、ここに嶋津(しまづ)あきの前司(ぜんじ)父子(ふし)(むま)(ひき)かへし(弓と)、弓矢取て打()つがひ、(さき)に進みし藤九郎が真向(まつかう)()(ふか)()ければ、さしもの大力も急所(きうしよ)痛手(いたで)によわり、うたれける、(のこ)り三人の勇士(ゆうし)(こと〴〵)安芸(あき)前司(ぜんじ)父子(ふし)矢先(やさき)にうたれけり

田中(たなか)藤九郎 安芸(あきの)前司(ぜんし)

寛治(くはんぢ)年中八幡殿(はちまんどの)()三年の合戦(かつせん)金沢(かなざは)(せめ)の時、将軍(せうぐん)郎徒(らうと)権頭(ごんのかみ)景成(かげなり)が一子権五郎景政(かげまさ)は、鳥海(とりのうみ)弥三郎といふ強弓(つよゆみ)にゆんでの(まなこ)鉢付(はちつけ)(いだ)までゐつけられ、其矢(そのや)折掛(おりかけ)ながら、只今(たゞいま)()給はりしは、鳥海(とりのうみ)どのとおぼへ候、とうの()一すじまいらせん、うけてごらん候へと、弓矢(ゆみや)つがいて欠出(かけいで)たり、弥三郎大きにおどろき、今迄(それがし)が矢先に(まわ)りし(もの)一人として(いき)たるものなし、(これ)凡人(ぼんにん)にあらずと、(さく)(うち)(にげ)こまんとせしかば、景政(かげまさ)いかつていづく迄もとおひかけさまてうとゐる、其()鳥海(とりのうみ)上巻(うはまき)(つけ)(いた)より弦走(つるはしり)へ、()じり(しろ)くぞ射出(ゐいだ)したり、弥三郎少しもこらへず、馬より(おつ)る、(かけ)(まさ)(くび)(うち)おとし、しづ〳〵と(たち)(かへ)(あり)さま、古今(ここん)(てき)振舞(ふるまひ)なり

(ごん)五郎(かげ)(まさ) 鳥海(とりのうみ)()三郎

八嶋(やしま)合戦(かつせん)のとき、能登守(のとのかみ)範経(のりつね)波打(なみうち)ぎはに(ふね)漕寄(こぎよせ)て、判官(ほうぐはん)どのを(たゞ)一ト矢とつけねらふ、此時(このとき)佐藤(さとう)継信(つぎのぶ)大将(たいしやう)()(おもて)(たち)ふさがり射落(ゐおと)さるゝ、(のり)(つね)(わらは)(きく)(わう)といふもの、(くび)をとらんと(かけ)あがりしを、(おとゝ)忠信(たゞのぶ)(あに)(くび)をわたさじと、(きく)(わう)()(おと)

忠信(たゞのぶ) (つぎ)(のぶ) (きく)(わう) 能登(のと)(のかみ)(のり)(つね)

奥州(おうしう)(せん)九年の合戦(かつせん)おゝあさふの瀬原、ぼつらくのとき、安部(あべの)六郎(ゆう)をふるつて、官軍(くはんぐん)(おつ)(たて)ける、(こゝ)(ふじ)(わらの)秀武(ひでたけ)十三(ぞく)二つぶせ、つる(おと)(たか)(きつ)てはなつ、六郎が肩先(かたさき)へたつ、六郎大太刀(おゝたち)真向(まつかう)にかざし(うつ)てかかる、秀武(ひでたけ)(きこ)ゆる()つきはやついに二ノ()にて(うち)(とる)

藤原(ふじはらの)(ひで)(たけ)  安部(あべの)六郎

木曽(きそ)義仲(よしなか)宇治(うぢ)瀬田(せた)合戦(かつせん)打負(うちまけ)(たゝ)壱騎(いつき)粟津(あわづ)()(はら)(おち)(ゆき)しに、(むま)深田(ふかだ)欠落(かけおと)し、(のり)あげんとし給ふに、(よし)(なか)(うん)(つき)られけん、石田(いしだ)三郎(ため)(ひさ)()(あた)つて落命(らくめい)

石田(いしだの)(ため)(ひさ) (よし)(なか)

建武(けんむ)三年五月尊氏(たかうち)攻登(せめのぼ)り給ふ、義貞(よしさだ)兵庫(ひやうご)にてさゝゑ対陣(たいぢん)す、(こゝ)義貞(よしさだ)(ぢん)(ママ)(ちう)より相模国(さがみくに)住人孫(ぢうにんまご)四郎助忠(すけたゞ)将軍(せうぐん)に御(さかな)(まい)らせんと、(はるか)のおきにみさごの白魚(はくぎよ)(つかん)飛行(とびゆく)を、矢坪(やつぼ)(たが)はず、みさごは(たか)(うぢ)御座舩(ござふね)(のこ)()後陣(ごじん)(ひかへ)し、大友(おゝとも)がふねにぞ立たりける

八幡(はちまん)太郎義家(よしいへ)宗任(むねたう)召具(めしぐ)し、蓮台野(れんだいの)(かり)くらし給ふ、(かへ)るさに萱野(かやの)より(おゝ)きなる(きつね)壱疋欠出(かけいで)しを、大将(たいせう)大雁股(おゝかりまた)をつがへ、(かの)(きつね)(うへ)射越(いこ)し給ふに、(つる)(おと)(おどろき)(きつね)()(ぜつ)す、義家(よしいへ)(くだん)()をとりよせ、()(つぼ)へおさめ給へば、(きつね)はむつくと(おき)てにげ(ゆき)ける

(むね)(たう) 義家(よしいへ)

新田(につた)左中将(さちうじやう)義貞(よしさだ)其勢(そのせい)六万余騎(よき)にて、山門にたて(こも)る、足利(あしかゞ)尊氏(たかうぢ)()十万()にて打向(うちむか)ふ、大将(たいしやう)(かうの)豊前(ぶぜんの)(かみ)熊野(くまの)(ぜい)引率(いんぞつ)し、松尾(まつのを)(さか)より攻登(せめのぼ)る、山門よりは本間(ほんま)(まご)四郎、相馬(さうま)四郎左衛門、坂口(さかくち)(すゝみ)て、五人(ばり)に十四(そく)三ツぶせ、弦音(つるおと)(たか)(きつ)てはなつ、(さき)にすゝみし(つはもの)共七八()(たちまち)()(おと)す、(なを)()たねをおしまず()ければ、人なだれをうつて、(たに)を人馬にてうつめけり、此(ゆん)(ぜい)和朝(わてう)にかゝやきけり

相馬(さうま)四郎左衛門

半 終

百合(ゆり)(わか)大臣(だいじん)強弓(つよゆみ)をひく(こと)人に(すぐ)れたり、(つね)(てつ)(ゆみ)(もち)(たま)ふ、日本(につほん)無双(ぶそう)弓取(ゆみとり)なり

(たいらの)(たゝ)(つね)叛逆(ほんぎやく)(よつ)て、葛飾(かつしか)(しろ)夜討(ようち)(せつ)小田(おたの)庄司(せうじ)(よし)(ひで)高櫓(たかやぐら)(のぼ)りて、さん〳〵に()(たて)ける、よつて(じやう)(ちう)(むま)(ものゝ)()用意(ようゐ)調(とゝの)ひけり

中 壱

鎮西(ちんせい)八郎為朝(ためとも)生年(せうねん)十六歳、身丈(みのたけ)六尺有餘(ゆうよ)にして、強弓(つよゆみ)名人(めいじん)、一()にて()(とう)兄弟(けうだい)()おとす

為朝(ためとも)

中 二

将軍(せうぐん)太郎良門(よしかど)(ちゝ)将門(まさかど)(とた)れし(のち)(ひやう)をおこし、多田(ただの)(しろ)押寄(おしよせ)城中(じやうちう)大矢(おゝや)射入(ゐいれ)たり、大手(おゝて)(たか)やくらの(はしら)に、一ゆりゆつてぞ(たつ)たりける

良門(よしかど)

中 三

承平(せうへい)年中(ねんぢう)朱雀院(しゆじやくゐん)御宇(ぎよう)平将門(たいらのまさかど)謀叛(むほん)(くわだて)あり、(たいらの)国香(くにか)馳向(はせむか)ふ、常陸(ひたちの)(くに)藤白川(ふししろかは)といふ大河(だいが)を、(まへ)にあてゝ対陳(たいぢん)(ママ)す、将門(まさかと)楯面(たておもて)(あらわ)れ、弓矢(ゆみや)つかひ(きつ)てはなつ、真先(まつさき)(すゝ)みし真壁(まかべ)八郎(とき)(すみ)()(ぬき)て、(うしろ)(たつ)たる(くに)()のはないたに()(こみ)ければ、主従(しう〳〵)()(むま)よりとうと()おとしける

中 四

後醍醐帝(ごだいごてい)の御時、内裏(だいり)毎夜(まいよ)黒雲(くろくも)一むらおゝいかゝりて、雲中(うんちう)化鳥(けてう)啼渡(なきわた)る、此時(このとき)(あたつ)御脳(ごのふ)さかんなり(ゆへ)に、武士(ぶし)(めい)じて、(これ)()さしむ、(こゝ)に上北面(ほくめん)(うち)より、次郎左衛門広有(ひろあり)といふもの、大庭(おゝには)伺公(しかう)す、御脳(ごのふ)刻限(こくげん)()りければ、(かぶら)()をもつて、雲中(うんちう)()ければ、こくうより、盤石(ばんじやく)(ごと)くなるもの(おつ)る、(これ)を見るに、(はね)一丈六尺有()(てう)なり、(この)賞として、(ひろ)(あり)大庄(たいしやう)二ヶ所給りける

中 五

阿波(あわの)(くに)(はち)(うら)合戦(かつせん)(とき)同国(どうこく)住人(ぢうにん)桜間(さくらま)二郎といふもの、義経(よしつね)(うた)んと、(ふね)(はや)めて漕来(こぎきた)る、判官(はうぐはんの)郎等(らうとう)亀井(かめいの)六郎清重(きよしげ)(わたり)り七八寸もあらんとおぼしき大(かり)(また)(うち)つがひ、桜間(さくらま)(たゞ)()(きつ)てはなつ、かの()いなづまのごとく(とび)(きた)り、桜間(さくらま)次郎が(くび)(ほね)()(きつ)て、(くび)(まへ)にぞ(おち)たりける、(この)弓勢(ゆんぜい)(おそ)れぬ(もの)もなかりけり

中 六

大賢門(たいけんもん)()(いくさ)やぶれ、義朝(よしとも)主従(しう〴〵)()にて(おち)給ふ、南都(なんと)衆徒(しゆど)(おち)武者(むしや)物具(ものゝぐ)は、がんとおそい(きた)る、永井(ながい)斉藤(さいたう)別當(べつたう)実盛(さねもり)(かぶと)(ぬい)(なけ)(ママ)(すて)けれは、(これ)(うばわん)とせし所を、武蔵(むさしの)(くに)(ぢう)(にん)斉藤(さいたう)別當(べつたう)実盛(さねもり)が、弓勢(ゆんぜい)見よと、よばわりけれは、(しゆ)()()(おゝき)におとろき、八方へ(にげ)ちりける

中 七

大和(やまとの)(くに)衣笠(きぬかさの)(しろ)合戦(かつせん)(とき)、六波羅(はら)(せい)押寄(おしよす)る、当城(たうじやう)(かた)めたる、安次(あす)()二郎高重(たかしげ)()一つかけて、弓勢(ゆんせい)(ほど)(こゝろみ)給へと、さしつめ(ひき)つめ()たりければ、()(おと)さるゝもの(かづ)をしらず、高重(たかしげ)弓勢(ゆんぜい)(おそ)れて、一(あし)(すゝ)むものなかりしとぞ

中 八

(じやう)四位(しゐの)()武蔵(むさしの)(かみ)藤原(ふじわらの)秀郷(ひでさと)(ある)(とき)瀬田(せた)(はし)(わた)り給ふに、大蛇(だいじや)(よこ)たわりて、行先(ゆくさき)をふさぐ、おとりこへて(こへ)給へは、美女(びじよ)一人(あらは)(つゝしん)で、(われ)に一人の(てき)(あり)(きみ)(これ)(ほろぼ)してたべと、いふ心得(こゝろえ)たりとて、(きた)刻限(こくげん)をまつ(ところ)に、三上山(みかみやま)(へん)より黒雲(くろくも)おゝい、(たけ)丈余(じやうよ)蜈蚣(むかで)(くち)より火煙(ほのふ)(ふき)かけ(いで)きたる、ねらいすまして(はな)つ、矢立(やたゝ)ざりける、三の矢に(つは)をはきかけ、()たりければ、ついに射留(ゐとめ)ける、美女(びじよ)(すなは)龍女(りうじよ)にて、秀郷(ひでさと)(あつ)(しや)し、(たから)(おく)りける

中 九

長谷部延連(はせべのぶつら)宮方(みやかた)の御()方として、六波羅勢(はらせい)(ひき)かけ、さしつめ(いん)つめ()たりけれは、矢先(やさき)にかゝるもの(かづ)をしらず、此ひまに(みや)(おち)のび給ひしとなり

延連(のぶつら)

中 十

人皇(にんわう)三十二代、用明天皇(やうめいてんわう)(ひのとの)(ひつし)(とし)物部守屋(ものゝべのもりやの)大臣(たいじん)(むまや)(との)太子(わうし)(たゝか)ひ、ついに太子(たいし)(つはもの)射落(ゐおと)され、(その)霊化(れいけ)して(とり)(なり)仏閣(ぶつかく)木柱(きはしら)をつつきしとかや、(いま)()つつきといふ鳥是也(とりこれなり)

太子(たいし) 守屋(もりや)

中 十一

三浦(みうらの)大助(おゝすけ)(まご)和田(わだ)小太郎(よし)(もり)平家(へいけ)討手(うつて)(おほ)射殺(ゐころ)す、(なか)にも金子(かねこの)十郎家忠(いへたゞ)強敵(ごうてき)なれども、ついに(よし)(もり)射落(ゐおと)さる

和田(わた)小太郎(こたろう)(よし)(もり)

下 初

源頼光(みなとのよりみつ)夢中(むちう)(やう)(ゆう)(むすめ)(しやう)花女(くはじよ)より、すいは、ひやうはの二ツの()(さづか)り()給ひしより、武名(ふめい)天下(てんか)にかゞやけり

下 二

(いち)(たに)生田(いくた)森合戦(もりかつせん)(とき)河原(かはらの)太郎兄弟(けうだい)先陳(せんぢん)して()(たて)ければ、平家(へいけ)陳中(ぢんちう)大に(みだれ)たる処に、真鍋(まなべ)次郎義弘(よしひろ)(つい)河原(かはら)兄弟(けうだい)射取(ゐとり)けり (あに)太郎をかたに(ひき)かけ、柵外(さくぐはい)出る(いづ)所を射留(ゐとめ)らるゝ

河原(かはら)太郎 同次郎

下 三

治承(じせう)四年四月、源三位(げんさんみ)頼政(よりまさ)清盛(きよもり)討手(うつて)(ひき)かけ、宇治橋(うぢはし)三間余引(よひき)はなして、源平(げんへい)東西(とうざい)橋詰(はしつめ)にて、()いくさに(とき)をうつしけり、(なか)にも五智院(ごちいん)組馬(ぐんま)渡部(わたなべ)瀧口(たきくち)等が、()(ところ)()(たて)(ものゝ)()もたまりゑず、()るゝもの(かづ)をしらず、(この)(とき)平氏(へいじ)(かた)より、足利(あしかゞ)又三郎三百余騎(よき)にて、(かは)をわたし、ついに宮方(みやかた)破軍(はいぐん)

下 四

(けう)()常陸(ひたちの)(すけ)毛利元就(もうりもとなり)両将(りやうしやう)()(きの)(くに)籠城(らうじやう)す、(けう)()のこもりたる(しろ)(みづ)()あしく、大つなを引わたし、色々(いろ〳〵)(うつわ)(みづ)(いれ)て、(しろ)(みづ)をおくりける、(こゝ)(かつら)左衛門元澄(もとすみ)といふもの、大雁(おゝかり)(また)取出(とりいだ)し、かの大綱(おゝつな)()(きり)けり、其後(そのゝち)城中(じょうちゅう)より()(こひ)けり

(かつら)()衛門元(へもんもと)(すみ)

下 五

九州(きうしう)菊地(きくち)肥後守(ひごのかみ)入道(にうとう)出陣(しゆつちん)(とき)、ある神前(しんぜん)(とを)られける、郎等(らうどう)申けるは、ここは下馬有(けばある)べしと申、菊池大(きくちおゝき)欺笑(あざわらつ)て、菊池(きくち)入道が(しゆつ)ぢんに、下馬(げは)する(ほう)やあるとて、大中差(おゝなかざし)(すじ)社内(しやない)()()んて(とを)りける、其後(そのゝち)()るに、(とし)()大蛇(たいじや)(やに)(あたり)(しゝ)てぞありける

下 六

文治(ぶんぢ)(ころ)源平壇(げんへいだん)(うら)合戦(かつせん)(とき)平家(へいけ)(かた)より(ふね)(そう)漕出(こぎいだ)し、武者(むしや)()(あらはれ)此矢(このや)(すじ)(うけ)て、弓勢(ゆんぜい)(ほど)御覧(ごらん)給へと、(いゝ)さまはなつ、()二丁(ばかり)鳴渡(なりわたつ)て、大将(たいしやう)御舟(みふね)へ、一ゆりゆつてぞ(たつ)たりける、源氏(げんじ)(かた)より大将(たいしやう)(めい)をうけ、浅利(あさりの)与市(よいち)義遠(よしとを)(たう)()を見るに、仁井(にいの)()四郎と(あり)与市は、(むま)浅瀬(あさせ)乗入(のりいれ)満月(まんげつ)(ごと)くに(ひき)しぼり(きつ)(はな)つ、()(ふね)ばたに(たち)し、()四郎か(まつ)只中(たゝなか)()る、ゐられてたまらず、水底(みなそこ)(おち)()る、(てき)味方(みかた)(かん)じけり

下 七

天慶(てんけう)三年、平将門(たいらのまさかど)官軍(くはんぐん)貞盛(さだもり)秀郷(ひでさと)攻破(せめやぶ)られ、(いま)(これ)(まで)ぞと、四(かく)(はう)(あい)(あたり)り、其勇(そのゆう)あたるものなし、(たゞ)遠矢(とうや)射留(ゐとめ)んと、矢種(やたね)をおしまず()かくれども、矢根(やのね)(くだ)けて()にたゝず、上平太(じやうへいだ)貞盛(さだもり)はわざと雑兵(さうひやう)にうちまじり、十三束二つふせ、(わす)るゝ(ばかり)に引しぼり(きつ)(はな)つ、()あやまたず眉間(みけん)真中(まんなか)より(のふ)をくだひて(たつ)たり、将門(まさかと)(むま)よりどふと(おつ)る処を、秀郷(ひでさと)(はし)(きたつ)(くび)をとる

上大 俵藤(たはらとう)()秀郷(ひでさと) (へい)親王(しんわう)将門(まさかど)

下 八

人皇(にんわう)七十六代、近衛(こんゑの)(いん)御宇(ぎよう)、仁平三年四月、夜毎(よごと)内裏(だいり)(うへ)黒雲(くろくも)おゝひ、雲中(うんちう)より(なき)わたる、(みかと)御脳(ごのふ)なり、(みなもとの)頼政(よりまさ)(ちよく)をうけて()(おと)す、郎等(らうどう)猪早太(いのはやた)といふ大功(だいかう)勇士(ゆうし)走寄(はしりよつ)(ここの)(かたな)刺通(さしとを)し、妖怪(ようぐはい)をしとむ、かたち異形(ゐぎやう)にして、(こへ)(ぬへ)()たり、(この)(かう)として、御(けん)宮女(きうじよ)あゆめの(まへ)といふ美女(びじよ)(くだ)さる

(ゐの)(はや)() 頼政(よりまさ)

下 九

元弘(げんこう)三年、伏見(ふしみ)合戦(かつせん)(とき)名古屋(なこや)尾張(おはりの)(かみ)は関東の大将にて、血気(けつき)強勇(がうゆう)(てき)(おひ)ちらし、(すこ)小高(こたか)き所にて、(いき)をついでそ()たりける、二階堂(にかいだう)出羽(てわ)()(すけ)(やぶ)をつたふに、油断(ゆだん)見済(みすま)し、(きつ)(はな)つ、()真向(まつかう)射貫(ゐぬき)ければ、なじかはたまるべき、(むま)より(おち)(しゝ)たりける、宮方(みやがた)(かち)どきを(つくり)関東(くはんとう)(せい)敗軍(はいぐん)せしとぞ

下 十

(にん)(わう)十七代仁徳(にんとく)天皇(てんわう)甲申年、高麗(かうらい)(こく)(より)(てつ)(まと)(たて)(けん)ず、(たち)(びと)宿祢(すくね)()()()宿祢(すくね)をして、()(とを)さしむ、高麗(かうらい)(こく)使者(ししや)(その)弓勢(ゆんせい)を大におそるゝ

左馬(さまの)(かみ)満仲(みつなか)朝臣、摂州(せつしう)住吉(すみよし)(やしろ)へ、一七日通夜(つや)し給ひけるに、満ずるあかつき、(かみ)示現(じげん)に、(なんぢ)空中(くうちう)(むかつ)て、神鏑(しんてき)(はんつ)すべし、其矢(そのや)(いた)らん所へ(ぢう)すべしと、見給ひければ、(すなはち)示現(じげん)にまかせ、(きた)(むかつ)()給へば、其矢(そのや)ひゞきわたりて、北へ飛行(とびゆき)けり、(あと)をしたひて(たづね)給ふに、深山(しんざん)幽谷(ゆうこく)をすぎ、とある(いけ)九頭(くづ)大蛇(だいじや)(すみ)ける、かの()(じや)(かしら)(あたつ)(しゝ)たり、其所へ居城(きよじやう)をかまへ、子孫(しそん)連綿(れんめん)として(なが)(さかへ)()()(たき)源家(げんけ)貞操(いさおし)なり、(すなはち)多田(たゞの)(しろ)是也、大蛇(だいじや)九頭(くづ)明神(みやうじん)といわひけり